鳥栖『駅前の昭和レトロな商店街』商店街というよりも昔ながらの横丁みたいな場所

人間50年、50歳を過ぎると人生の終わりが見えて来る。そんな中で思い出すのは、子供の頃に過ごした昭和の風景。父や母に連れられて通った市場や商店街、肉屋で買ってもらったメンチカツを頬張りながらおもちゃ屋を覗いていたあの頃。

消えゆく昭和の風景を、もう一度この眼に焼き付けておきたい……そんな思いで始まるこの企画。昭和の街歩き。

鳥栖駅前の『中央市場商店街』

仕事の途中、少し時間があったので佐賀県鳥栖市の鳥栖駅に行ってきた。この駅は九州最古の駅の一つで、明治44年に建てられた駅舎が今も使われているレトロ駅。名物のかしわうどんに舌鼓を打ち、レトロ駅を堪能した僕は、少し駅前を歩いてみることにした。

鳥栖駅見学の記事はコチラ↓

鳥栖駅を背中にして真っ直ぐ駅前通りを歩いて行くと、目の前に大きなショッピングセンターがあった。こういうのって郊外にあるもので、市内中心部の駅前にあるのって珍しくね!? とか思ったのだけど、まあ便利は便利だよなぁと思いながら後ろを振り向くと……

狭い路地の中にアーケードを発見!! なんとも味のある横丁風の商店街ですよ。名前が書いてないので現地ではなんという商店街か分からなかったのだけど、家に帰ってからネットで調べると中央市場商店街というらしい。

人と人がすれ違うのがやっとというくらいの狭さ、中に入ると何とも言えないノスタルジー。昭和ですよ、昭和の風景が目の前に。夜の店が多いようで閉まっている店が多かったけど、入口の「八起のキャンデー」は営業中でした。

アイスキャンデーを買おうかなと思ったのだけど、最近ちょっと心を病んでいて、この日は人見知りが出てしまって立ち寄ることが出来ず。それにしてもレトロな店だね。次に近くへ来たときは、何とかして立ち寄りたいものです。

アイスキャンデー屋さんを通り過ぎ、いかにもな赤坂というスナックの看板。

右へと続く道があったので、そちらへ進んでみると京町屋台横丁という場所があり、テールラーメンのお店ともう一件、2件入居しているテナントがあった。

そのままアーケードを抜けてとなり筋、ここもまたレトロな場所ですよ。

昭和三十年台だね、三丁目の夕日みたいな長屋が続く。

数少ない営業中のお店、現役のお餅屋さん。

アーケード方向へ戻る路地も味がある。

長屋が途中で途切れていて、空き地が広がっていたんだけど火事があったんですね。古い木造の市場はどうしても火災が多くて、今にその姿を残しているところは少ないんですよね。

こういった貴重な風景を、出来るだけ残して欲しいと思うのは僕の我がままなのでしょう。

そしてアーケードの筋にもどると、ちょうどエンドのところでした。

反対側から入って、さっきの赤坂の所まで。逆から来ると、雰囲気がだいぶ違います。

アーケードの終わり部分、近くにはこんな恵比寿造がありました。

外観がいかにも昭和、休業中の張り紙のされたお店。

お地蔵さまでしょうか、石仏が祀られています。年号が掘られていたので見て見ると、一瞬天正に見えて驚いたのですが、大正の見間違えでした。どうりで綺麗だと思った、戦国時代末期と大正時代じゃぜんぜん違いますもんね。

お地蔵さんを抜けて突き当りまで、ここはやはり夜のお店で賑わう場所のようです。

この建物も古いね、後ろはトタンで正面がタイル張り。戦後の面影を今に残す、昭和の時代によく見た建物。

このビルは、窓がアルミサッシじゃなく鉄枠です。

1980年代をほうふつとさせるイラスト、ナウなヤングが集まってきていたのでしょう。

あまり広くない場所ですが、再開発によって小奇麗な姿になっていく鳥栖駅前に、ぽつんとこの一角だけが取り残されたように昭和の街並みを残しています。僕は昭和の時代に青春をすごしたので、こういう街並みを見るとどこか癒されるというか安心するんです。

ただ、あの頃はこんなに閑散とした雰囲気ではなく、人が大勢いてガヤガヤしてましたけど。活気と熱気に溢れてた時代、人々はみな今みたいにお行儀よくはなかったけども、人に対して寛容で、もっと大らかだった。

まあ、民度は低かったかな。立ちしょんべん、くわえたばこ、ポイ捨て、路上駐車、カツあげ、スゴかったね。

場所とか

八起アイスキャンデー(Googleマップ)

三九ラーメン(Googleマップ)

※この記事に書かれている情報は僕が訪れた時のものです、最新の情報ではなく、情報の正確性を保証するものではありません。最新の情報については、ご自身で確認することをおススメします。

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