『土橋市場』福岡八女市、神社の境内に広がる昭和レトロな闇市の末裔

またまた貴重な木造のアーケード商店街に行ってきました。今回は福岡県の八女市、その中心部にある土橋市場。見たらわかると思うけど、戦後闇市から発展した市場です。

人間50年、50歳を過ぎると人生の終わりが見えて来る。そんな中で思い出すのは、子供の頃に過ごした昭和の風景。父や母に連れられて通った市場や商店街、肉屋で買ってもらったメンチカツを頬張りながらおもちゃ屋を覗いていたあの頃。

消えゆく昭和の風景を、もう一度この眼に焼き付けておきたい……そんな思いで始まるこの企画。昭和の街歩き

土橋市場

鳥居の向こうに見える商店街のアーケード。

恐らくここが正門と言うか、正面だよね!?

福岡県の南部にある八女市、その中心部にある昭和レトロなアーケード商店街。その起こりは、各所に点在していた闇市を神社にたのんで境内に集めたのが始まりと伝わる。

鳥居をくぐって参道を歩くと、土橋市場のアーケード街に入る。

貴重な木造アーケードが、戦後復興の時代を今に伝えるレトロな風景。通路の両側に長屋が立ち並び、それぞれが商店になっている。

正面が入って来たアーケード入口。

そのままアーケードを真っ直ぐ突き抜けると、土橋八幡宮の拝殿正面に出る。

拝殿のスグ近くには土橋市場の地図が掲示されていて、全体像がよく分かる。

そのまま神社の裏まで突き抜けると、脇に立派な鳥居があった。もちろんここも土橋市場への入り口。

鳥居をくぐってまっすぐ歩くとそこには立派な神門があって、この門をくぐるとすぐにアーケードが始まる。あまりにも立派な商店街の入り口、これは珍しい。

ここがちょうど神社の端、そして土橋市場への入り口。

神社脇の水路に沿って狭い通路が続くのだが、屋根代わりに木造建物の二階がせり出してきている。

縦横に通路があるのだから、横から入る入口もある。

中の店はほとんどが飲食店なんだけれども、僕が訪れた平日の正午ごろは営業している店が無かった。というか、見つけられなかっただけか!?

それでも空き家らしき建物はほとんどなく、いまだ現役で営業中の商店街。地元の人によると、戦後すぐのころは相当に賑わった市場だったのだとか。

狭く入り組んだ路地がいかにも時代を物語っていて、しかもほとんどが営業中の店。こういう路地を歩いていると、昭和のギラギラとして危なっかしいけど活気に溢れていた時代を思い出す。

上を見上げると木造の波板屋根、この構造を見るとさすがに僕が生まれる前の建築物だと分かる。こういう木造市場は火に弱く、多くが火災で失われてしまってる。僕が子供の頃は、まだまだ各所に残っていたのだけれど。

だからこそ、戦後闇市の面影を残す木造市場はとても貴重なのだ。

1階は新しいアルミサッシだけど、2階の窓枠は木製。アーケード照明のオレンジの傘、このチープな色合いがとても昭和っぽくて良い。

アーケードの中にあった市場の組合事務所。手書きの看板がいかにも昭和、まるで時間が止まっているような外観。

事務所の隣には、公衆トイレが用意されていた。

僕が訪れたときには、一件の売家があった。八女市は古い建物や景観を守り受け継いでいくために様々な支援を行っているようなので、買い手がつくのも早そうな気がする。

場所情報

土橋市場(Googleマップ)

すぐ近くに、土橋商店街というアーケードもあります↓

周りにも昭和レトロがたくさんあった

土橋市場のスグ近くにあったバスターミナル、これが昭和の姿そのままですんごい存在感なのです。

田舎に行くとまだこういうバスターミナルが残ってるんだよね、ここだけじゃなく。旅情をそそられるというか、雰囲気がとても良い。

バスターミナルの全面にh続くアーケード商店街。ここは土橋市場より後の時代のものだけど、昭和の面影を色濃く残している。

僕の子どもの頃の街並みだね、アーケードは昭和40年代から50年代っぽい。建物自体はかなり古そうな、戦前のものもありそうだけどね。

八女市の中心部にはこのほかにも江戸時代の町割りから、明治や大正、戦前の面影を残す白壁通りというところもあって、古い建物の再利用や街並みの保存に力を入れている。機会があれば、もう少しいろんな場所を歩いてい見たいと思います。

いやぁ、良い場所だ。レトロ好きにはたまらない街並み。かつての繁栄を伺わせながら寂れていく、いわゆる寂びの風景が拡がっていた。


※この記事に書かれている情報は僕が訪れた時のものです、最新の情報ではなく、情報の正確性を保証するものではありません。最新の情報については、ご自身で確認することをおススメします。

今回は、主に「商店街」にまつわる古くて懐かしい感じの風景をまとめました。

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