『甘木駅』昭和十四年建造の駅舎が残る甘木鉄道の昭和レトロな旧国鉄駅

僕は鉄道ファン、いわゆるテツじゃないけれど、こういうレトロな駅を見るのはとても好きで、子供の頃に父母に連れられてお出かけした時の気持ちを思い出すというか、何とも言えない旅情を感じるというか、じんわり懐かしくも切ない、それでいてどこか温かみのある不思議な気持ちになる。

ということで、訪れたのは戦前に建てられたレトロ駅舎が残る甘木駅。旧国鉄の駅だけど、今は甘木鉄道の始発駅となっている。150メートルほど離れたところには西鉄の甘木駅もあり、それも戦後復興期のレトロな建物なので合わせて見るといいかも。

甘木駅(甘木鉄道)

僕が子供の頃には昭和の駅がたくさん残っていたのだけれど、さすがに老朽化が原因で建て替えられた駅舎が増えてきた。特に地方では無人駅が増え、簡素な造りの小さな駅舎が目立っている。そんな中で開業時の駅舎を今なお大切に使っている甘木駅は、とっても貴重なレトロ駅なのです。

駅舎正面エントランスの上には、昭和14年4月30日と書かれた建築当時のプレートが残っていますね。開業は4月28日、近くにあった九州最大級の軍飛行場、大刀洗陸軍飛行場への軍需輸送のために開通したのが始まりだそうです。

ネットに昭和十四年、完成当時の姿を映した絵葉書が紹介されていましたが、まさに今の駅舎の姿がそのまま写っています。

そして現在の姿、ロータリーを備えた地方の中核駅。周りには大きな建物も少なくて、とってものどかな雰囲気。

向かって右側には甘木の特産品販売所と観光案内書を兼ねたような施設が軒を連ねていますが、残念ながらこの日はお休みだったようです。

さすがに日中は人影もまばら、朝は学生なんかで賑わっていそうだけど。今どきはどこも自動車でしょうからね、平日昼間の地方駅はこんなものですよ。

駅の脇には観光地などを記したマップが建てられています。

駅舎の中に入ると、二階までの大きな吹き抜け。懐かしいねぇ、昔の国鉄駅ってこういう吹き抜けがあった気がする。

駅に入って左手は甘木鉄道など、事務所や駅関係の窓口があります。

右手は観光協会、表から見たら観光案内所になってた部分があります。

通路に古い駅の写真が飾られたりもしていて、駅舎の歴史を今に伝えています。

さらに奥にはトイレがあり、通路横には甘木の名産品……キリンビールが目立つけど、甘木と言えば旧軍の敷地に広がる広大なキリンのビール工場が有名だもんね。

ここは休憩所かな!?

休憩所から、改札を通らずにホーム側に抜けれるようになってました。

吹き抜けを抜けていよいよホームへ、古い駅はなんともいえない味があります。

ホームは一つだけど、線路は沢山あります。甘木鉄道の始発駅だけに、車両が何台か停車していました。

いかにも昭和らしい線路上を通ってホームへ向かう通路、右手を見ると奥に整備場のような建物が見えました。さらに左、古そうなレンガの煙突。おそらく開業当時からあったんじゃないでしょうか。

ホームの端から進行方向、西へと続く線路方向を見てみました。空がとっても広いです。

ホームから見た駅舎、こういう木造の駅舎はとっても温かみがあります。田舎に残こるこういう風景は、昭和の時代に青春を過ごした僕くらいの歳だとすごく心地よいのだけれど、若い人にはどう映るのだろう。

ホームを先へと歩いて行くと、車両を洗う洗車機のようなものがありました。普通の駅では見かけないものですよね。

あまぎ駅のプレートがあって。

ここから先は、古いホームが今も残っていました。かつてはもっと長い編成の電車が入って来たのでしょう。

隣に見えるのはレトロな建物、なんでしょうね、酒屋さんか醤油蔵か、そんな醸造系っぽい外観ですね。

歩いてきた方向を振り返ってみると、本当に高い建物が少ないので景色が柔らかいんですよ。ながれる時間がゆるやかになったような気がして、こういうのを”のどか”っていうんでしょうかね。空が広くて、彼方に連なる山々、その稜線がずっと続いている。僕の中にあるイメージ通りの地方都市の姿が、目の前に広がっています。

一通りの見学を終えて、線路を跨ぐ通路を通って駅舎へ。

逆方向から駅の吹き抜け。いいですねぇ、これでもかと言うくらいに昭和を感じることが出来ます。電車で来たいけれど、貧乏暇なしというか、日々生活に追われていて旅行にも行けない。

そう考えると、昭和の時代というのはまだまだ人に余裕があったんだろうね。旅行ブームなんてのがあったし、僕の実家のような普通のサラリーマン家庭でも旅を楽しむ時間的な余裕はあった。お金はあまり無かったかもしれないけど……

てか、普通のサラリーマンが沢山いた時代だからかもしれない、今は普通のサラリーマンになれない人が溢れているんだし。

邪馬台国が朝倉に!?

駅のロータリーの真ん中に、邪馬台国発祥の地、卑弥呼の里あまぎという石碑が建てられていた。

朝倉の遺跡のある場所、その周辺の地名と位置関係が奈良とそっくり。なので、大和朝廷の前身である邪馬台国が朝倉で起こり、やがて奈良へと移っていったのではないかという説があるそうだ。

確かに古代日本において九州は先進地域だったみたいだし、佐賀の吉野ケ里みたいな大きなクニと呼ばれる都市が数多く存在していて、鉄器の出土数が圧倒的に多いのも九州。神功皇后の伝承を始め、古代皇室との係わりも深い。

九州の勢力が日本を統一し、大和朝廷として奈良に本拠を移したという説もありかもしれない。まあ、そういうロマンを求めて旅をするのも面白いかもしれない。

スグ隣には西鉄甘木駅

甘木鉄道の甘木駅から100から150メートルくらいでしょうか、西日本鉄道(西鉄)の甘木駅があります。この建物は昭和24年に建てられたということで、現存する中では西鉄最古の駅なのだそうです。

戦前の建物と、戦後復興期の建物が並んで建つ場所。せっかくだから、一緒に見て行きましょうよ。スグ近くだし。

詳しくはコチラの記事へ↓

甘木中心部に残るレトロなアーケード街↓

※この記事に書かれている情報は僕が訪れた時のものです、最新の情報ではなく、情報の正確性を保証するものではありません。最新の情報については、ご自身で確認することをおススメします。

列車からぜひ降りて、懐かしさを感じる駅舎のその空間に身を置いて、歴史を、木造の美しさを肌で感じて欲しい!

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