【昭和】久留米の中心部に残る戦後闇市の面影『日吉村(旧日吉市場』

人間50年、50歳を過ぎると人生の終わりが見えて来る。そんな中で思い出すのは、子供の頃に過ごした昭和の風景。父や母に連れられて通った市場や商店街、肉屋で買ってもらったメンチカツを頬張りながらおもちゃ屋を覗いていたあの頃。

消えゆく昭和の風景を、もう一度この眼に焼き付けておきたい……そんな思いで始まるこの企画。昭和の街歩き

日吉村(旧日吉市場)

福岡県久留米市日吉町、1950年に開業したという自由市場。つまり、戦後闇市。開業当時は鮮魚店や呉服店など20店ほどが出店して賑わったのだけど、やがて衰退。バブル期にはマンションの計画などもあったそうだけど、あっけなく弾けて売れ残った。おかげで戦後闇市の姿をそのままに、令和の時代に残った貴重な昭和の遺産になった。

市場の名前は『日吉村

現在の日吉村は、飲食店が多く集まるグルメスポットへと変貌を遂げている。戦後の姿をそのままに残す独特の外観、木製の柱にトタン屋根。入り口から左右に別れる双胴のアーケード。

昼なお薄暗い独特の雰囲気が若者に受けたのか、この個性的な姿が人気となってバーやスナック、レストラン、飲食店を中心に約15店が軒を並べる。

訪れたのは昼、ほとんどの店が閉まっている中でランチ営業してる店も僅かにあった。

往時には多くの人出でにぎわったであろう市場の通路。戦後闇市にしては通路が広く、かなり贅沢に空間を使っている。

トタンと木、年季を感じるアーケード。

久留米駅から続く大通り、明治通り沿いに市場の名前「日吉村」と書かれた看板があった。

そこから中へと踏み込めば、タイムスリップしたかのような昭和の世界。

こんなモダンなお店もあったりして、市場はちゃんと令和を生きていた。

このときは偶然か、空き店舗がひとつあった。

明治通りを渡った向こう側、そこは昭和50年代風の商店街。

地名の由来となった日吉神社

市場の裏手には、平安時代より久留米を見守る久留米宋社「日吉神社」があります。この神社は久留米城本丸の地主神で、久留米市中心部の氏神様。

その隣には、立派な本堂を備えた順光寺があった。こちらは江戸時代初期に創建された。

場所はコチラから

日吉村(Googleマップ)

※この記事に書かれている情報は僕が訪れた時のものです、最新の情報ではなく、情報の正確性を保証するものではありません。最新の情報については、ご自身で確認することをおススメします。

今回は、主に「商店街」にまつわる古くて懐かしい感じの風景をまとめました。

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